第2章 印旛沼の概況

2.1 沼の諸元

 印旛沼は、千葉県北西部の下総台地のほぼ中央北部に位置し、昭和27年に隣接の手賀沼とともに「県立印旛手賀自然公園」に指定された風光明媚な湖沼である。当時の印旛沼は、第2.1図に示すように〔千葉県・印旛沼流域水循環健全化会議:「印旛沼流域情報マップ―治水・利水編―」、平成19年3月発行〕、ローマ字のWの字に似た形状(または、地元では龍伝説に因んで龍の姿、要するに現在の北印旛沼に相当する部分が頭部、西印旛沼に相当する部分が尾部)を呈していた。

 しかし、現在の沼の形状は、第2.1図に示したかつての沼の中央部が前述した昭和期の「印旛沼開発事業」によって埋め立てられ、第2.2図に示すように〔千葉県・印旛沼流域水循環健全化会議:「印旛沼流域情報マップ -治水・利水編-」、平成19年3月発行〕、北印旛沼(以下、北沼と称す)と西印旛沼(以下、西沼と称す)に2分され、捷水路で結ばれる形となった。

 沼の面積は、北沼(6.26km²)と西沼(5.29km²)を合わせて11.55km²と、開発事業以前(約29.0km²)に比べて約半分に縮小したが、水深は平均で1.7mと、むしろ開発事業以前(0.7~0.9m)に比べ倍近く深くなっている。

 その他、現在の沼における諸元については、第2.1表〔印旛沼流域水循環健全化会議(2010・1):印旛沼・流域再生・恵みの沼を再び、千葉県環境生活部水質保全課(2012・3):第6期「印旛沼に係る湖沼水質保全計画」より作成〕に示すとおりである。


第2.1図 「印旛沼開発事業」前における印旛沼の形状


第2.2図 「印旛沼開発事業」後における印旛沼の形状

第2.1表 「印旛沼開発事業」後における印旛沼の諸元

2.2 沼の利用

 印旛沼は、現在、上水道、工業用水および農業用水の貴重な水源としてのみならず、水産、レジャー、親水、そして観光など多方面にわたって利用されている。なかでも、前3者の用水源としての印旛沼は、千葉県民の“命“はもとより、日本経済の一端を担う基幹産業の重要な”水がめ”である。

 沼に流域から流入する水量は、第2.2表〔独立行政法人水資源機構管理事業部監修・発行:「水資源開発施設等管理年報」より作成〕に示すように、年によって変動がみられるが、最近5ヵ年(平成23~27年)の平均では4.057億m³である。このうち、工業用水、農業用水および上水道用水として利用される水量は最近5ヵ年平均で、それぞれ1.536億m³(流入水量の37.9%相当)、0.574億m³(14.1%)、0.349億m³(8.6%)の計2.460億m³、そして残りの1.764億m³(43.5%)は利根川に自然放流されている。

 ちなみに、最近5ヵ年における用水別の利用水量とそれぞれの累年平均(昭和44年から平成27年の47年間における平均)を比較してみると、工業用水(累年平均:1.658億m³)および農業用水(累年平均:0.663億m³)は、それぞれ7.3%、13.4%の減となっている。また上水は、特に累年平均(0.433億m³)に比べ、利用水量が19.4%の減少を示している。これらの理由については、工業用水は企業での循環による再利用、また農業用水は国の農業政策に基づく減反、そして水道については企業および一般家庭での節水努力がそれぞれ影響しているものと思われる。

第2.2表 印旛沼における年間の流入水量と利用水量


第2.3図 印旛沼における上水・工業用水の取水施設と、農業用水の主な揚・排水機場の場所

第2.3表 印旛沼における上水・工業用水の取水施設と、農業用水の主な揚・排水機場の諸元

2.2.1 工業用水

 工業用水は、第2.3表に示したように、西印旛沼の2ヵ所で取水されている。そのうち、1ヵ所(第2.3図に示した“B”の地点)は、昭和36年(1961年)にJFEスチ-ル(株)(旧川崎製鉄株式会社)によって第一期工事として着工し、昭和38年(1963年)に竣工、そしてその後、昭和46年4月(1971年)に第二期工事としてJFEスチ-ル(株)と千葉県が共同で建設した“印旛沼浄水場”である。送水能力は28万m³/日で、JFEスチ-ル(株)東日本製鉄所(1.8m³/秒)と京葉地区工業地帯(1.54m³/秒:千葉市新港地区、市原市、袖ヶ浦市の臨海部に立地する企業)に配水されている。

 他の1ヵ所(第2.3図に示した“C”の地点)は、印旛沼河口に近い鹿島川河畔に千葉県が五井姉崎地区の企業(現在では市原市、袖ヶ浦市、佐倉市の企業)に給水するため建設した計40万m³/日〔昭和42年3月(1967年)と昭和45年4月(1970年)にそれぞれ同じ能力をもつ20万m³/日を完成〕の給水能力を有する佐倉浄水場である。

 なお、佐倉浄水場での取水については、通常時は鹿島川の河川水、そして低水期には印旛沼の水を合わせて取水を行っている。また、工業用水の使用量については、第2.2表に示したように、直近5カ年平均(H23~H27年)で1.536億m³/年である。

2.2.2 上水道

 上水道は、第2.3図に示した県営水道印旛取水場(第2.3図に示した“A”の地点)で佐倉市臼井田地先の印旛沼の表層水を取水し、約9.6km離れた千葉県柏井浄水場〔昭和39年12月(1964年)認可、第三次拡張工事で計画され昭和43年7月(1968年)に完成〕に送水し、そこで高度浄水処理*注1)(オゾン処理+活性炭処理)をして、県営水道として利根川から取水して浄水処理した水と混合し、浦安市の全区域、また千葉市、市川市、船橋市、習志野市および市原市のそれぞれの一部区域に配水している。

 ここで、上水道の水源として印旛沼の歴史を遡ってみると、県水道局の当初計画では、第三次拡張工事で建設された西側施設は、県営水道印旛取水場から取水した印旛沼の水を浄化、また第四次拡張工事で建設された東側施設は木下取水場(利根川から直接取水)で取水した利根川の水をそれぞれ浄化する計画であった。しかし、西側施設が稼働して間もない昭和45年(1970年)にはカビ臭(異臭味)問題が発生したことによって2年後の昭和47年6月(1972年)には、その抜本的な解決を図ることを目的に県水道局内に「水質問題研究会」を発足させた。その結果、当初計画を変更し、東側施設でオゾン処理と粒状活性炭処理を併用して完全除臭を目指す工事を行い、昭和51年4月(1976年)には約22億円の事業費でオゾン処理施設、また昭和55年4月(1980年)には約72億円の事業費で粒状活性炭施設がそれぞれ完成した。そしてこれにともなって、印旛沼の水は東側施設で浄化され、今日に至っている。このため、印旛沼の上水コストは江戸川(栗山浄水場)や利根川(北総浄水場)を水源とする処理費に比べて、それぞれ4倍および3倍強の高さとなっている。また、印旛沼の水は、昭和55年(1980年)以前までは利根川の水と一緒に処理されていたが、以後は上述したような水道障害等の問題もあって、印旛沼の水は別系統で単独に処理されている。

 ちなみに、印旛沼の水を一部でも飲料としている市町は、上述した県営水道の6市に加え、佐倉市、八街市、富里市、四街道市、酒々井町(現在は地下水のみ)の計11市町であり、水道人口は全体で千葉県総人口の約4分の1強に相当する約190万人と推計される。このような実状からして、水源としての印旛沼の価値は、問題と課題を多分に含みながらも、計り知れないものがあり、沼の浄化は焦眉の急を告げているといえる。

*注1) 高度浄水処理とは、臭気原因物質(ジオスミンと2-メチルイソボルネオ-ル)やトリハロメタン前駆物質である有機物質をオゾンの強力な酸化作用によって分解、その分解物等を粒状活性炭で吸着除去する処理である。

2.2.3 農業

 印旛沼の水を農業用水として利用するため設置された主な揚水専用、排水専用機場、および揚・排水の兼用機場の位置は第2.3図、またそれぞれの機場における諸元については第2.3表に示したとおりであるが、この他にも印旛沼土地改良区が管理する小規模の揚・排水機場を含めると約380機場がある。

 これらをすべて含めた機場(農業用水計画量:19.12m³/秒)からの用水受益灌漑面積は63.07km²〔内訳:干拓地;9.34km²(用水計画量:2.54m³/秒)、既耕地;53.73km²(16.58m³/秒)に及んでいる。  しかしながら、印旛沼流域における農業基盤等の実態をみると、上述した施設は昭和40年代の「印旛沼開発事業」の一環として整備されたもので、最近になって施設の老朽化が進み維持管理費が増加、また流域での土地開発が進み洪水被害が多発、田植えの時期が早まり十分な用水供給ができないなどの諸問題が生じた。

 このような現状に鑑み、農林水産省では、老朽化した揚排水施設の改修や維持管理に係わる労力などの軽減を図り、また循環灌漑(水田から低地排水路に戻ってくる水の有効利用)を強化し、用水不足を解消するとともに、環境保全型農業等を推進することを内容とする「国営流域水質保全機能増進事業」(通称、国営印旛沼二期事業)を策定した。この事業は、県営(千葉県)、旧団体営関連事業計画「県営灌漑排水事業、団体営基盤整備促進事業、県営基幹水利施設ストックマネジメント事業、県営経営体育成基盤整備事業、農山漁村活性化プロジェクト支援交付金(旧団体営)」との対応で実施するものである。そして特に、この事業の具体的な取り組みの中において、地域特性を生かした農業の推進、例えば地域特性を踏まえ、水稲を主体として、米粉用米や餌料用米等を導入するとともに、畑利用の可能な水田では大豆、小麦、野菜作りを推進し、更なる食料供給基地の強化をめざそうとしている。

 なお、事業の概要としては、予定工期が平成22年度~平成35年度(平成33年~平成35年は施設機能監視期間)。事業の関係市町の受益面積(水田)は佐倉市(720ha)、成田市(678ha)、印西市(旧印旛村と旧本埜村を含む、2,529ha)、八千代市(349ha)、酒々井町(248ha)、栄町(478ha)の4市2町で計5,002haである。そして計画されている主要な工事は3箇所の揚水機場(白山甚兵衛機場、埜原機場、一本松機場)と3箇所の揚排水機場(宗吾北機場、宗吾西機場、吉高機場)、1.2kmの幹線用水路(白山幹線用水路・一本松用水路)、1.1kmの幹線排水路(吉高排水路)、52.9kmの支線用水路(白山甚兵衛・埜原・吉高・宗吾北・宗吾西の各機場掛かり支線用水路)と水管理施設一式(機場の取水量や運転状況の監視)の整備、および関連事業として、県営灌漑排水事業、県営経営体育成基盤整備事業(圃場整備事業)等である。これらの事業費として国営事業費は332億円、関連事業費は219億円で計551億円を見込んでいたが、このうち国営事業費が平成26年度に自然増等により347億に増えている。

2.2.4 漁業

 印旛沼に生息する魚種や、漁具・漁法は、前述した「印旛沼開発事業」の完成を境にして大きく様変わりした。

 開発事業以前の印旛沼には鮭、マルタ、ボラなど利根川から遡上してきた魚種、シラウオ、モツゴ、キンブナ、ギンブナ、ナマズ、モクズガニ、スジエビ、マシジミなど在来の魚類・甲殻類・貝類、ビワヒガイ(琵琶湖)、ゲンゴロウブナ(琵琶湖)、カワムツ(中部地方以南河川の上・中流)、ゼゼラ(琵琶湖)などの移入魚種と、まさに多種多様な魚介類が入り乱れ生息していた。しかし、開発後は、消滅した在来種も少なくはないが、代わってカムルチー(俗称:雷魚)、ハクレン、オオクチバス、ブルーギル等の外来種を含め、平成11年度から平成26年度現在まで、第2.4表に示すように〔千葉県水産総合研究センター内水面水産研究所および千葉県水産総合研究センター研究報告第8号より作成〕、40種の魚種が確認(張網による漁獲調査結果に基づく)されている。このうち、25種は、昔から印旛沼に生息する在来種(19種)と、利根川や海と行き来している在来種(6種)であるが、残りの15種は琵琶湖等からの国内移入種(9種)と海外からの外来種(6種)である。また、第2.5表は〔千葉県水産総合研究センタ―内水面水産研究所〕、かつて印旛沼で生息が確認された魚種の時期と移入種の出現時期を示している。

 一方、魚介類を漁獲するための漁具、漁法も、開発以前は魚介類それぞれの生理・生態特性に対応して数多くあった。しかし、最近では、資源量および魚種の減少によって、かつて漁獲の対象魚によって使い分けられていた約25種類にも及ぶ主な漁具・漁法のうち、現在では張網、船曳網(エビ、ワカサギ、雑魚等を対象)、柴漬(冬は雑魚やエビ、夏はウナギを対象)、竹筒(ウナギを対象)の他に、刺網、置針等が利用されているにすぎない。そしてこの中にあって、コイ、フナ、雑魚など多くの魚種を対象として漁獲できる「張網」は、今ではもっとも一般的に用いられている漁具・漁法である一方、最近は柴漬漁*注1)が増えてきた。

 第2.6a表および第2.6b表〔千葉県水産総合研究センター内水面水産研究所より作成〕は、最近10年間(平成17~26年)における北印旛沼(甚兵衞沼を含む)と西印旛沼での張網調査*注2)によって捕獲、確認された魚・甲殻類を示している。結果は、年度によって確認種にバラツキが見られるが、これは、主に各年度における両沼での調査時期と回数が、不定期であることに基づくものである(例えば、ここ数年の調査時期と回数をみると、平成22年度は9月8~15日、12月1~6日、平成23年3月1~3日の計3回、平成23年度は6月9日、6月13日、11月7日、11月15日の計4回、平成24年度は6月14日、10月22日、11月14日の計3回、平成25年度は西印旛沼で6月20・24日、10月2日の3回、北印旛沼で6月27日、10月7日の2回、また平成26年度は西印旛沼で6月3日と10月16日の2回、北印旛沼で6月10日と10月23日の2回)。しかし、このような状況にあっても、魚介類の確認種数としては、傾向としては、西印旛沼が北印旛沼に比べ、多く確認されている。特に、平成23年度および平成24年度において捕獲された魚種をみると、北印旛沼では平成23年度に15種、平成24年度は11種と、西印旛沼に比べ、それぞれ9種、11種と、ともに少ない。一方、平成22年度の西印旛沼の調査においてハクレンと昭和初期まで見られたギバチ*注3)第2.5表を参照)、また北印旛沼ではカネヒラ*注4)が捕獲されているが、平成23年度および平成24年度では確認できなかった。一方、平成25年度と26年度を比較すると、平成26年度に沼全体でボラ類、ハゼ類、シラウオなどの汽水魚を中心に10種の増加が見られたが、平成25年度に北印旛沼で漁獲されたカネヒラは確認できなかった。

 最後に、印旛沼全体における漁獲の対象魚種をみると、第2.7表〔関東農政局千葉農林統計事務所「千葉県農林水産統計」より作成〕に示すように、コイ・フナを中心にしてかなり限られ、ついでその他の魚種が総魚類計の大きな割合を占めているが、その多くは佃煮の材料として消費されているモツゴである。漁獲量は、同表に示すように、昭和60年以降、漸次的に減少の傾向を示していたが、平成16年には著しく激減し、そして平成18年にはやや増加に転じたといえども、全体としては平成16年以降、急激な減少を辿っている。この理由については、恐らくはコイヘルペスウイルス*注5)の社会問題と関係して淡水魚に対する消費者離れや、漁業者の高齢化による漁業人口の減少、食料資源としての社会的価値の低下など、種々が考えられる。 また、近年、特定外来種であるオオクチバス、ブルーギル、チャネルキャットフイッシュ(別名:アメリカナマズ)などの侵入が多くみられるようになってきたこともその一因と考えられ、今後の地場産業としての印旛沼の漁業に一つの大きな問題を投げかけているといえる。一方、平成18年度以降の漁業統計については、統計の処理の仕方(表示の仕方)が変わり、平成17年以前の統計と同等に評価することができない。

 なお、現在、印旛沼には、第2.4図に示したように〔千葉県・印旛沼流域水循環健全化会議(平成19年3月):印旛沼流域情報マップ -治水・利水編-〕、中央排水路を除き、印旛沼および周辺水路のほとんどが「内共第8号共同漁業権」が設定されている一方、北印旛沼で約46ha、西印旛沼では99haが保護区域として、また禁漁区および特定釣場が両沼を合わせてそれぞれ8カ所、16カ所が指定されている。

第2.4表 印旛沼で確認されている魚種

第2.5表 印旛沼で魚種の生息確認と国内外からの移入魚種出現の時期

第2.6a表 北印旛沼の張網調査で確認された魚・甲殻類

第2.6b表 西印旛沼の張網調査で確認された魚・甲殻類

第2.7表 印旛沼における主要魚種別漁獲量と総漁獲量


第2.4 図 印旛沼における漁業関連水域

*注1) 柴漬漁は、地域によってササビタシ、粗朶置き、ボサタバとも称されている漁法の一種である。これは、椎や杉の葉がついた生枝、笹、柳などを適当に束ね、沼に沈め、数週間後に引き上げ、その中に入っているエビ、ウナギ、雑魚をふるい落とし、タモ網で受け取る。

*注2) 漁師が実際に使用している漁具で、一般的な仕様としては袖網が約20m、袋網が約15m。

*注3) 硬骨魚網ナマズ目ギギ科に属する淡水魚で関東、東北地方の河川の中・下流域や湖沼の岩や石に生息して、夜間に摂餌行動を起こし、ドジョウ、水生昆虫などの底生動物を主食する。農薬や生活排水等による水質汚濁などに影響を受け易い。環境省では絶滅危惧Ⅱ類に指定されている。

*注4) 日本に生息するタナゴ類で最も大型で、体長は12~15cmである。河川や湖沼の水草が繁茂する流れの緩やかな場所に生息する。

*注5) コイヘルペスウイルスは1997年(平成9年)にイスラエルで発見されたウイルスで、日本では平成15年(2003年)10月に茨城県の霞ヶ浦でコイの大量斃死が観察され、その際に確認された。そして平成17年には全国で発生が確認されたが、平成22年では16県に減少している。
なお、このウイルスはコイ以外の魚(コイに近い金魚やフナなども含む)や人に感染することがなく、食べても人体に影響がないとされている。

2.2.5 観光

 印旛沼は昭和27年(1952年)10月〔再点検:平成7年5月2日(1995年)〕に隣接の手賀沼とともに、それぞれの沼を中心として合わせた地域一体が県立印旛手賀自然公園〔面積:66.06km²、地域:柏市(旧沼南町を含む)、我孫子市、印西市(旧印旛村および本埜村を含む)、栄町、酒々井町、成田市、佐倉市〕として指定されたが、最近は、都心に近い自然公園として衆人の注目を浴び、貴重な存在になっている。

 両沼は四季をとおし、有数の魚釣り場(へラブナ、ブラックバスなど)として関東一円の中でも有名である。また、印旛沼および流入河川に沿っては、第2.5図(印旛放水路周辺自然環境整備連絡協議会「印旛放水路サイクリングロード案内図」2002年3月発行)に示すように、阿宗橋を起点として最終計画地点の国道356号のふじみ橋まで27.3kmのサイクリングロードが計画され、そのうち栄町の酒直水門までの21.6kmはすでに整備され、沼およびその周辺の自然を楽しむことができる。残りの5.7kmについては、酒直水門の堤防改修工事計画との関連でまだ未着工(現在、休工)の状況にある。しかし、サイクリングロードの利用者は年々増加し、(公社)佐倉市観光協会では、年間を通し、自転車の貸し出しを行い、その台数も年々増加している(第2.8表参照)。

 一方、沼および沼の畔で催される行事としては、第2.8表に示すように〔(公社)佐倉市観光協会および成田市の聞き取りにより作成〕、(公社)佐倉市観光協会が4月~10月の期間中に運航する「屋形船観光」、毎年4月初旬頃に佐倉ふるさと広場で佐倉市と(公社)佐倉市観光協会の共催による「佐倉チュ-リップまつり」、また毎年10月に成田市が主催して行う甚兵衛公園を拠点とする「印旛沼クリ-ンハイク」や、(公社)佐倉市観光協会による「コスモスまつり」、佐倉市による「佐倉市民花火大会」があり、それぞれに多くの人々が集い、楽しんでいる。

 また、流域には故事来歴のある成田山新勝寺(成田市)、宗吾霊堂(成田市)、松虫寺(印西市)、龍角寺と栄福寺(栄町)、龍腹寺と瀧水寺(印西市)等の古寺、神社として麻賀多神社が18社(佐倉市に11社、成田市に2社、酒々井町2社、富里市2社、八千代市1社)、宗像神社が13社(印西市に12社、白井市1社)、鳥見神社(18社の内、柏市の3社を除く15社が印旛沼流域の印西市に10社、白井市に5社)、埴生神社が3社(成田市に2社、栄町1社)の他、学習・教育の場として国立歴史民俗博物館(佐倉市)、成田山書道美術館(成田市)、川村記念美術館(佐倉市)、県立房総のむら(平成16 年に統合した「旧房総風土記の丘」を含む、栄町)、岩屋古墳(栄町)等が数多く存在している。一方、文化財には国指定重要文化財として銅造薬師如来坐像(栄町龍角寺)、印西市(旧印旛村)の松虫寺の七仏薬師(木造薬師如来坐像1体・薬師如来立像6体)と鋳銅孔雀文磬(ちゅうどうくじゃくもんけい)などと、まさに印旛沼流域は歴史・文化の一大宝庫といえる。

 なお、流域内の成田市には、優れた自然環境および身近にある貴重な自然環境を将来に継承していくため「千葉県自然環境保全条例」(昭和48年)の第15 条第1項に基づき指定された郷土環境保全地域として、「麻賀多神社の森郷土環境保全地域(2.80ha)」(昭和54年3月指定)、「小御門神社の森郷土環境保全地域(1.81ha)」(昭和54年4月)、「大慈恩寺の森郷土環境保全地域(3.01ha)」(平成2年3月)、また船橋市には「八王子神社の森郷土環境保全地域(1.08ha)」(平成6年3 月)がある。


第2.5図 印旛沼に沿って整備されているサイクリングロ-ド

第2.8表 印旛沼およびその湖畔で開催された諸行事と参加人数

2.3 沼の水管理

 印旛沼は「印旛沼開発事業」後、洪水(治水)対策をはじめ、上述した工業、上水道および農業等の利水に支障をきたすことがないように、万全の水管理が行われ、灌漑期(5月~8月)には、第2.1表に示したように、Y.P.2.50m、そして非灌漑期(9月~4月)にはY.P.2.30mと、印旛沼開発施設によって水位が一定に維持されている。

 この水位調節は、第2.6図〔「千葉用水総合事務所の概要」独立行政法人水資源機構〕に示すように、長門川の利根川合流地点に位置する印旛排水機場と印旛疎水路の中間あたり(新川と花見川の接点)に位置する大和田排水機場の2つの排水機場、そして長門川と北印旛沼の取り付け部に位置する酒直揚水機場の運転によって行われている。


第2.6図 印旛沼開発の水管理施設と計画水位の断面

 沼の水、要するに西印旛沼および北印旛沼の水は印旛捷水路を通して、それぞれ北と西に向かい移動できるが、概して灌漑期には西印旛沼から北印旛沼、そして非灌漑期には、逆に北印旛沼から西印旛沼に移動する傾向がみられる。しかし、年間を通してみると、平水時は、沼の水位が利根川に比べ1~1.5m程度高いため、 西沼および北沼のいずれの水も自然流下で長門川を経て利根川に流れ出ている。しかし、利根川の水位が上流での降雨によって沼より高くなった場合には、印旛水門を閉め、利根川から沼への逆流を防いでいる。また利根川と沼がともに増水し、しかも利根川の水位が沼より高い場合には印旛排水機場(能力:92m³/秒)で沼の水を汲み上げて利根川に強制排水している。そして、さらに利根川と沼がともに水位が高まり、なお、かつ利根川の水位が沼より高まった場合には、印旛排水機場と同時に、大和田排水機場(能力:120m³/秒)においても沼の水を汲み上げ、花見川に落として東京湾に放流している。これに対して、沼の水位が、逆に渇水等で通常の維持管理水位を下回った場合(利水容量の低下)には、利根川の水を長門川にとおして酒直揚水機場(能力:20m³/秒)で汲み上げ、沼に注入している。

 第2.9表は、印旛沼における用水補給のため利根川より酒直揚水機場を通じ汲み入れた水量と、洪水排水のため長門川より印旛排水機場を通じ利根川に排水および新川より大和田排水機場を通じ花見川に排水した水量の経年変化を示してある。

 なお、治水対策に関しては、現実的には印旛沼の堤防が軟弱な地盤の上に築堤されているため、地盤沈下や押さえ盛土の消滅などで脆弱化している。このため、県では、対症療法的に堤防の嵩上げ工事を行っているが、関係機関からは治水安全度を高めるための抜本的対策が強く望まれている。

第2.9表 印旛沼における揚・排水機場での汲入・排水量